「国語の長文になると時間が足りない」
「分からない言葉が出てくると先に進めない」
そんな悩みを持つ子どもは少なくありません。
学校ではよく、
「分からない言葉は意味調べをしましょう」
と指導されます。
もちろん語彙を増やすことは大切です。
しかし私は20年以上国語を指導してきて、
意味調べだけでは読解力は伸びない
と感じています。
むしろ、意味調べに頼りすぎることで読解の妨げになることもあるのです。
今日は、読解力が高い人が無意識に使っている読み方についてお話しします。
読解力が高い人は分からない言葉で止まらない
私は授業でよく音読をさせます。
すると国語が苦手な子ほど、
読めない漢字や知らない言葉に出会った瞬間、
「先生、これ何ですか?」
と立ち止まります。
もちろん真面目な姿勢です。
しかし長文読解では、これが大きな落とし穴になります。
なぜなら、
一つの言葉で立ち止まるたびに、
それまで読んできた文章の流れが切れてしまうからです。
読解力が高い人は違います。
分からない言葉があっても、
文章全体の流れから意味を予想しながら読み進めます。

国語ができる人は「文脈」を使って読む
生徒から
「この言葉はどういう意味ですか?」
と聞かれた時、
私はよくこう返します。
「文脈から予想してみよう」
テスト本番では辞書は使えません。
そして実際には、
どんな大人でも知らない言葉はあります。
国語が得意な人は、
辞書のようにすべての意味を知っているわけではありません。
文章全体から
「たぶんこういう意味だろう」
と予測する力を持っているのです。
これも読解力です。
読解力に必要なのは知識だけではない
もちろん語彙力は大切です。
しかし読解は知識だけで行うものではありません。
文章の流れ。
登場人物の気持ち。
場面の空気。
筆者の意図。
こうしたものを感じ取りながら読む力も必要です。
私はこれを
「読解の感性」
と呼んでいます。

長文読解は感性と論理の両方が必要
現在の国語教育では、
解き方やテクニックが重視される傾向があります。
しかし実際には、
論理だけで長文を読み切ることはできません。
長い文章になればなるほど、
感覚的に流れをつかむ力も必要になります。
私は国語指導において、
論理的に考える力と、
文章を感じ取る力の両方が大切だと考えています。
もともと誰もが持っている「何となくこんな感じ」「こんな気がする」という感性を使って読みこなしていく。
直感を含めた全ての感覚を使って読むのです。
今、一般的になっている偏差値偏重の読解の授業、塾の授業は
知識や技術をメインにして解く左脳的な読解ですが、
これは非常にバランスが悪く、
精神的に負担が大きいように思います。
無理やり右脳を切り離し、左脳だけを駆使させるやり方のように感じるからです。
人間の本来の在り方からかけ離れているのでは?と思います。

国語が得意な人ほど無意識に読んでいる
国語が得意な人は、
自分がどうやって読んでいるのか説明できないことがあります。
なぜなら、無意識にできているからです。
文脈を読む。
流れをつかむ。
意味を予想する。
こうしたことを自然に行っているのです。
そのため、国語が苦手な人は
「なぜ分からないのだろう?」
と本気で思うことすらあります。
私はただ問題をたくさん解くだけでは意味がないと考えます。
読解の感覚、感性、すなわち右脳的な部分も大いに活用させるように指導し、 右脳も左脳もバランスよく使う全脳読解を目指しています。
確かに技術や知識は伝えやすいですし、使いやすいのですが、
それだけでは結局、大学入試レベルの長文に対応するのは難しいというのが10年以上見てきた実感です。
読解の感性が養われていないと長文に耐えられないのです。
そしてその苦しんで得た”読解力”は、受験が終われば二度と使えません。
受験にしか役に立たない読解なのです。
まとめ|本当の読解力は一生使える
意味調べは大切です。
しかし、
意味調べだけでは読解力は身につきません。
本当に必要なのは、
文章全体を捉え、
分からない言葉があっても読み進める力です。
読解力とは、
単なる受験テクニックではありません。
人の話を理解する力。
情報を読み解く力。
人生を切り拓く力です。
だからこそ私は、
国語を最優先で学ぶ価値がある教科だと考えています。
▼お子さまの国語への苦手意識にお悩みの方へ。
日本国語力育成会では「わが子の国語力・答案診断」を行っています。



